玉山はまた「新高山」と称して、日本の植民地時代に玉山も日本に管轄されて、その時の日本人は富士山が東北アジアの最高峰だと思って、後で日本の測量人員が玉山に来て富士山より高いと発見して、そして1897年6月28日に明治天皇は玉山を新高山に改名することを命令した、後で1947年12月1日にもう一度玉山の名前に称し直しました。